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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(あ)847号 決定

本店所在地

岡山県浅口郡鴨方町大字六条院中三四六二番地

栗山精麦株式会社

右代表者清算人

栗山章子

本籍・住居

岡山県浅口郡鴨方町大字六条院中三四六二番地

精麦業

栗山好幸

大正一五年一月二二日生

右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和五一年四月二二日広島高等裁判所岡山支部が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人竹下重人の上告趣意のうち、憲法三〇条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、その余は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光)

○昭和五一年(あ)第八四七号

被告人 栗山精麦株式会社

同 栗山好幸

弁護人竹下重人の上告趣意(昭和五一年六月三〇日付)

第一点 第一審判決及びこれを是認した原判決には憲法三〇条違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから原判決は破棄されなければならない。

(理由)

一、憲法三〇条は「国民は法律の定めるところにより、納税の義務を負う。」と定めており、被告人会社の法人税についていえば、昭和四〇年法律三四号法人税法および昭和四〇年法律三六号によって一部改正された後の国税通則法(昭和三七年法律六六号)が適用されるものである。

二、右各法の定めるところによれば、法人税の納税義務は、各事業年度が経過した時に成立する(国税通則法一五条二項三号)。納税義務者である法人は、法人税法所定の課税および税額算定に関する各規定を解釈・適用して、法人税確定申告期限(法人税法七四条)までに課税標準等および税額等を記載した納税申告書を提出して当該事業年度の法人税納税義務を確定し同時にその法人税額を納付すべきものとされている。

三、納税義務者たる法人が右の納税義務の確定を適正に行わなかった場合には、税務署長は自ら調査したところによって、更正または決定という行政処分をなし、法人税の納税義務を確定することができる(国税通則法二四条ないし二六条)。この税務署長のする行政処分は、とりもなさず国の課税権の行使である。

四、法人税を免れた罪(法人税法一五九条)は、法人が偽りその他不正の行為によって法人税の納税義務を免れたことを要件とする。ここにいう偽りその他不正の行為とは、法人税の課税処分を免れる意図をもって、その手段として税の賦課・徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるなんらかの偽計その他の工作を行うことをいう(最高裁大法廷昭和四二年二月八日判決、刑集二一巻九号一、一九七頁)のであり、税を免れた、とは脱税の結果の発生をいう。したがって右法条所定の罪は、国の課税に対する積極的侵害という結果の現実的発生を構成要件の一部とするものである。

すなわち、納税義務者たる法人のする確定申告または税務署長のする更正・決定によって具体的に確定されるべき納税義務が、客観的に存在し、納税義務者たる法人の代表者その他の従業者について偽りその他不正の行為があり、その行為と相当因果関係のある結果として正当に行使されるべき国の課税権が侵害され、更正・決定による納税義務の確定が不能もしくは著しく困難となったという事実が惹起されていなければならないことになる。

であるからこそ、脱税犯を有罪とする判決においては、脱税の犯意や偽りその他不正の行為にとどまらずその行為によって免れた税額までを認定判示することが必要である(最高裁一小法廷昭和三八年一二月一二日判決、刑集一七巻一二号二四六〇頁)とされるのである。

五、法人税脱税犯が純粋の結果犯であって未遂を処罰の対象としていないことに照らせば、納税義務者たる法人の脱税行為によって侵害されるところの課税権は、その脱税行為が行われた時点において存在するだけでなく、裁判時までにその権限を行使されて納税義務者の不正行為にかかわらず正当に納税義務を確定しているか、それがなされていない場合には裁判時においてなお適法にその権限を行使して正当な納税義務を確定し得べきものとして存在していることが必要である。

旧法人税法(昭和二二年法律二八号)四八条一項が脱税犯の要件を定め、同条三項に「第一項の場合においては政府は、直ちに、その免れた法人税額……の法人税を徴収する。」旨の規定があったときのその規定の趣旨について「同項は、徴税庁が刑事裁判において確定された逋脱税額に抱束されてその額のみを徴収すべき趣旨を定めたものではなく、また、逋脱税額のほかに同法四三条の追徴税の徴収を許さない趣旨を定めたものではない。」(最高裁大法廷昭和三三年四月三〇日判決、昭和二九年(オ)二三六号)と解されるのも「わが法制においては脱税事犯に対する裁判のあった場合、更正または決定にかかる法人税の課税標準が裁判によって確定された事実によって抱束かつ決定されるという制度は採用されていない。」(最高裁二小法廷昭和三三年八月二八日判決、昭和二七年(オ)六八五号)と解されるのも、ともに刑事に関する裁判時において課税権が存続していることを前提としてのみ意味があるのである。

六、本件公訴にかかる事業年度について、被告人会社のした確定申告、所轄庁である玉島税務署長のした更正処分および本件公訴にかかる所得金額および法人税額は、それぞれ左記のとおりである。なお右更正処分は昭和四二年一二月八日付でされていた。

七、被告人会社は、昭和三九年より前から青色申告書提出について所轄税務署長の承認を受けた青色申告法人であり、本件公訴にかかる事業年度の申告も青色申告をもってされていた。所轄の玉島税務署長は、昭和四二年一二月八日付をもって、右承認を昭和三六年六月一日開始の事業年度に遡って取り消すとともに、被告人会社が前項記載の各事業年度について提出していた確定申告書を青色申告書ではないものとみなして、前記更正処分をしたのであって、その更正通知書には、更正の理由附記(法人税法一三〇条二項)なされていない。

ところが玉島税務署長は、昭和四九年七月二二日付をもって、前記の青色申告承認取消処分を職権をもって取り消し、同時に前記各更正処分を、更正通知書に理由附記がなされていないという理由で同じく職権で取り消した。右二つの取消によって、被告人会社は青色申告法人なる地位を回復し、かつ前記各事業年度の法人税の納税義務は、被告人会社のした確定申告の限度で確定したこととなった。

しかも、右二つの取消処分がされた時には、前記各事業年度の法人税について玉島税務署長が更正・決定の権限を行使することのできる期限(国税通則法七〇条)は経過していたので、再度の更正処分はなされていない。すなわち前記公訴に係る課税権はその時点において存在しないこととなったのである。

八、以上のように公訴にかかる事業年度について、被告人会社の確定申告によって確定した納税義務の額を超える課税権の行使が不能であることが確定した場合には、課税権侵害の結果が現実化する余地がないのであり、しかもその課税権の消滅は、被告人会社側の行為とは全く因果関係のない事由によるものである。このような極めて特殊な事情による場合においては、被告人会社または被告人について法人税脱税の結果をもたらす可能性のある行動があったとしても、法人税法一五九条および一六四条の罪が成立する余地はない といわざるを得ない。

原判決が憲法上納税義務があると言い得ない時点において、納税義務を免れる犯罪の成立を認めたことは憲法三〇条に違反する。したがって破棄を免れない。

第二点 原判決の量定が甚しく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反することを認めるべき事由がある。

(理由)

一、被告人会社の公訴にかかる事業年度の法人税について、所轄玉島税務署長のした課税処分によって追加的に確定した納税義務は、前記第一点の理由の七において述べた更正処分の取消によって、絶対的に消滅し、被告人会社が納付していた右税額は全額が還付された。

二、しかも右事業年度分の課税権の消滅は、被告人会社もしくは被告人には全く関わりがない事由、それは課税権を行使する側の怠慢と不手際に由来するものである。

三、法人税の脱税とは、適正な行政上の手続に従って確定されるべき法人税額の全部または一部を、不正の行為によって免れることであるから、納税義務者のした税額確定が正当な税額を下廻るものであったことが行政手続によって確定されない場合には、納税義務者の意識には、自己のした申請額が過少であったかどうかについての基準が明確に示されなかったことになる。まして、仮りに事後的にであって、納税義務者のした申告を是正すべき法的手段が、課税権者側にのみ帰すべき事由によって、喪われた本件の場合において、被告人会社に二百万円の罰金を科し、被告人を懲役八月(執行猶予三年)の刑に処することは、課税権者であり、かつ科刑権者である国が、自らの不適正な行政の執行に眼を閉じたままで国民を罪におとし入れるものであって、右刑の量定は重きに過ぎて甚しく不当であり、原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。

以上

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